『通り抜け禁止』を通り抜ける心理。便利でも流されないトレーニング。

『通り抜け禁止』と看板が建てられている私有地(マンションの敷地)が近所にありますが、普通に通り抜けている人の多さに驚きます。

通り抜けたいけど、「これはダメだ!」と流されないようにするのも良いトレーニングになるかなと思っています。

近所にある私有地の「通り抜け禁止」

自宅の近所、某大手スーパーに徒歩で行くときに通る道の途中に、やや大きめの敷地のマンションがあります。

で、そのマンションの敷地入り口には「通り抜け禁止」という看板が建てられています。

ある時、そのことに気づき、何気なく見ていると、通り抜けている人が多いことにびっくりしました。

ほぼ毎回、誰かしらは通り抜けているような印象です。

なぜかと言うと。。。

道路の下からスーパーに向かうとき、ちょうどよい場所にマンションの出入り口があるのです。

赤い矢印のルートで歩けば、多少の近道にはなりそうですので、今のような暑い時期、あるいは雨が降っているときなどにショートカットしたくなる気持ちは分かります。

ただ、そこはあくまでも私有地(マンションの敷地)なので。。。

「まあいっか」と妥協する気持ち

上のケース、「通り抜け禁止」という看板があるのに通り抜けている人が多いことに驚きます。

もっと言えば、「通り抜け禁止」という看板を設置しなければならなくなったこと(看板がなければもっと多くの人が通り抜けて行くということ!?)にも驚きます。

公共の施設、公園などであればOKかもしれませんが、マンションの敷地はマズイよね、という感覚があるのかどうか。

このような「通り抜け禁止」に限らず、「まあいっか」と妥協したくなる気持ちは誰にでもあるのではないかと思います。

明確にルールに違反しているものから、軽微なマナー違反までいろいろと。

・通りが少ない道路での信号無視
・タバコのポイ捨て
・タバコの路上喫煙
・駅ホームでの割り込み
など、自宅から職場まで移動する間だけでもいろいろとありますね。

職場でも
・ちょっとくらい遅刻してもいいかな
・会社の備品を私的に使わせてもらっちゃおう
・会社の電話を私的に使ってしまおう
なんていう「まあいっか」もあるかもしれません。

自分を試すトレーニング

「通り抜け禁止」を通り抜けたり、信号無視をすることは良くない、などと道徳的な観点から(偉そうに!?)述べるつもりはありません。

あらゆる場面で、100%完璧に出来ているとは思っていませんので。

ただ、このような「ダメなことだとは分かっているけど、『まあいっか』と考えてしまう軽い気持ち」が案外危険なのではないかと思っています。

「まあいっか」が職場でも出始めると、公私混同や不正などに繋がってしまう危険性もあるからです。

そのため、自分自身では、迷いそうなことについてはマイルールを作ってそれを守ることを心がけています。

赤信号 止まると決める マイルール〜迷うなら決めてしまうのが楽〜
今朝、目の前を歩いていたおじさんの自由すぎる(!?)行動を見て、自分の中でやらないと決めたマイルールがあって良かったと改めて感じました。 ...

便利なものや「まあいっか」で妥協してしまいそうなもの、に流されないようにすることも自分自身のトレーニングだと考えています。

もしもマイルールが守れないとき、マイルールを破りたくなってしまうときには、精神的・物理的に自分自身に余裕がなくなっているのかもしれません。

その意味では、自分自身の状態を知るバロメーターとしてもマイルールは使えますので、試してみてはいかがでしょうか。


【編集後記】

先週から数試合、高校野球の埼玉県予選の試合を見てきました。
負けたら終わりのトーナメント戦、見ているほうも力が入りますし、やはりプロ野球とは違う緊張感があって面白いですね。

【昨日の1日1新】

*「1日1新」とは→詳細はこちら

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